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EASE DESIGN(イーズ デザイン)
   
EASE DESIGN(イーズ デザイン)
 
EASE DESIGN(イーズ デザイン)は、「身に着ける人を選ぶようなアクセサリーではなく、誰もが気軽に楽しめるアクセサリー」をコンセプトに1998年からスタート。
EASE(イーズ)=気楽・容易さ・緩やかさ・余裕、そんな言葉がまさに表しているポップな脱力感・リラックス感。定番のモチーフもユニークなものに生まれ変わるそのアイテムは、メンズ・レディース問わず着用でき、どんなファッションにも対応できるアイテムに仕上がっています。

最近では様々なジャンルとのコラボアイテムも発表し、今、とても注目を集めているブランドです。

ete(エテ)
   
ete(エテ)
 
品の良い自然感覚と個性を主張するクオリティの高いジュエリーを提案するete。
毎日のライフスタイルに溶け込む、カジュアルシックなスタイルが特徴です。すべてが eteのオリジナルで、ファッション感覚でお使いいただけるシルバーからブライダルまで、幅広い商品構成となっています。

中でも、今一番注目のデザインが、ete beau。シルバーにプラチナコーティングを施す、リッチで大人の雰囲気を持ったデザインとなっています。

AGETE(アガット)
   
AGETE(アガット)
 
アガット(agete)は、株式会社サザビーリーグ(SAZABY LEAGUE, Ltd.)の
提供するブランドです。

株式会社サザビーリーグは、バッグ、生活雑貨、家具、アクセサリー、
衣料品の企画、販売及びティールームの運営をしている会社です。

アガットは、オリジナルのピアスやリングをはじめ、
世界各国から集めたデザイナーの作品の数々を取り扱っています。

アガットはシンプルで飽きのこないデザインでありながら、
トレンドを感じさせるアイテムを揃えています。

アガットは、ジュエリーの本当の良さを知る大人の女性のための
ショップです。

アガットはお客様のニーズに応える為に、
独自のコンセプトから4つのサブブランドを確立しています。

【アガット(agete)の4つのサブブランド】
アガットクラシックagete classic
アガットファーストagete first
アガットセレクションagete selection
アガットフォーメンagete for men

アーカー(AHKAH)
   
アーカー(AHKAH)
 
アーカーAHKAHがネックレスなどのジュエリーを作り始めたのは小さな工房から始まったといいます。アーティストが立ち上げたネックレス、リング、アクセサリーなどジュエリーのブランドです。

自然の中にある普遍性をシンプルに芸術として表現したのがアーカーといいます。アーカーはアーカーAHKAHのブランドコンセプトそのままにアーカー神南本店を誕生させ、ネックレスなどのジュエリーオーダーメイドサロンもスタートさせています。

アーカーAHKAHは素敵なジュエリーを身につけることでありのままの自然の個性と輝きを引き出す。それがアーカーの原点。

自分の一部となったアーカーによっていつまでも変わらないあなたのよさを醸しだしてくれる、それがアーカーAHKAHの思いです。自然のありのままの造形をいかしたアーカーのデザインが光ります。

アーカーAHKAHは、永遠に変わることがない自然の美しさそして輝き、そのフォルムとラインは見るものを引き込みます。

永久に輝く星座のきらめきのように青空でまばゆい白い光ささやかながらちから強い光を放ち、人を和ませそして励ましあるがままで綺麗に、人と自然との融合しているようなその姿は、アーカーAHKAHのジュエリーデザインによります。

アーカーAHKAHのデザイナーはゆっくり時間をかけて丁寧につくり、光の中にある繊細な光と美を引き出していきます。

アーカーAHKAHは芸能人の女性男性にもファンが多いようです。例えば深田恭子さんそして篠原涼子さん 浜崎あゆみさん長澤まさみさんなどもアーカーを身につけているといいます。

アーカーAHKAHは、ネックレスやリングなどジェリーアクセサリー全般にわたり創造を続けています。

アルページュ
   
アルページュ
 
ブランド名は音楽用語『アルペジオ』から由来。デザイナー、クロード・ビザリアが手掛けるアルページュは、ハーモニーや調和を表現し、繊細な技術と人々の心を満たすあらゆるエッセンスをジュエリーへ吹き込み、時代を超えたクラシカルな美しさに現在(いま)を生きる‘強さ’という意志を表現している。

パリ生まれのフランス人。
世界でもっとも権威のあるジュエリーアカデミー『シャンブル・シデイカーレ・ビジョリテ・ジョワリエール』を卒業後、Cartier,Van Cleef&Arpels,Fredなどヨーロッパ・アメリカの一流ブランドでキャリアを積む。イギリスでクラシックデザインを学んだ後渡米し、初のオリジナルブランド『アルページュ』をスタートする。

Emanuel ungaro (エマニュエル・ウンガロ)
   
Emanuel ungaro (エマニュエル・ウンガロ)
 
1933年、フランスのエクサンプロバンス生まれのイタリア人。

学校を卒業したのち、テーラーだった父のもとで、22歳まで、紳士服の裁断、縫製、仮縫いの技術を学んだ。その後、58年から63年までは、バレンシアガの店(マドリード店も含む)で働き、64年の1年間、「クレージュ」の片腕となって働いた。

彼の名で初めてコレクションを開いたのは65年夏で、オートクチュール界の輝ける新人の座を獲得。翌66年には、パリのマクマボン通りにオートクチュールのメゾンを開店。68年、モンテーニュ通りに移転。

当初の作風は、「未来感覚派」や「若いテロリスト」と呼ばれ、構成、色彩、裁断技術などにわたり、メタリックな素材や斬新な配色で、クレージュの影響を感じさせる。後に、テキスタイル・デザイナー、ソニア・ナップとの出会いによって、美しいプリントや園は移植を駆使した独自の作風を打ち出すようになった。特に、プリントどうしの重ね着、多彩な配色の組み合わせに関するテクニックは、プリントのレイヤード・ルックとして発表され、「色彩の魔術師」「プリントの詩人」などの異名も取った。

77年の春からは、プリントの配色は鮮明になり、レイヤード・ルックは単純化され、無地や幅広い縁取りでボリュームを補う。次第に無地物の占めるスペースが増え、78年秋には、大半がプリントなしの単色の組み合わせへと変化した。

ニューヨークの専門店、ボンウィット・テーラーで発表したコレクションは、ヤング・マーケットに広く浸透した。

パリ・オートクチュール最高の栄誉あるデ・ドール賞をはじめ、ドイツ・クレフェルドのルエット・ドール賞、メキシコ最優秀デザイナー賞、アメリカのニーマン・マーカス賞など、受賞は数多い。

プレタポルテ部門は、「ウンガロ・パラレル」。なお、1996年、「サルヴァトーレ・フェラガモ」が、エマニュエル・ウンガロを買収。当時、戦略的なパートナーを探していたウンガロが、見にくい買収劇に興じていたモエヘネシー・ルイヴィトンやグッチではなく、フェラガモを選んだことは、未だファミリー・メゾンの一つとしてファッション・ブランドへの成功を維持していた点が評価されたからである。

ウータース&ヘンドリックス(WOUTERS&HENDRIX)
   
ウータース&ヘンドリックス(WOUTERS&HENDRIX)
 
・両者ともアントワープ王立芸術アカデミー卒。
・デザイナーはカトリン・ウータース(Katrin WOUTERS)とカレン・ヘンドリックス(Karen HENDRIX)。
・1985年に創立したベルギーのジュエリーブランド。

ウータース&ヘンドリックス:KARTIN WOUTERS と KAREN HENDRIX は
ともに、ベルギー、アントワープの ROYAL ACADEMY OF FINE ARTS の 金細工士課を卒業。

彼女達の目標とする点は上品で奇抜、知的かつ大胆、そして高級ながら手に入れやすい美しいアクセサリーを生み出すこと。。。

彼女達の最初のコレクションは卒業 1年後に発表され、今日ではすくなくとも 31のコレクションが後に続いている。(主にシルバーを扱う)

イヴサンローラン(Yves Saint Laurent)
   
イヴサンローラン(Yves Saint Laurent)
 
イヴ・サンローラン(Yves Saint LAURANT)。1936年8月1日、アルジェリアのオランに生まれる。色白で細面だが鼻が大きく金髪天然パーマ、スラリとした細身で、いつもきまって黒ぶちの四角いメガネ着用している老人男性。

弱冠17歳の時にIWS主催のデザインコンクールでカクテルドレスを発表し、最優秀賞を受賞。
翌年、クリスチャン・ディオール(Christian Dior)に迎え入れられる。
57年、クリスチャン・ディオールの死去に伴い、21歳で後継デザイナーに就任。58年、クリスチャン・ディオール死後のパリでの初コレクションで「トラペーズライン」を発表。

62年、ピエール・ベルジェと共にオートクチュールメゾン「イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)」を発表。以後、シースルー、サファリルック、モンドリアンルック、スモーキング、パンタロン等、60年代を代表する新しいエレガンスのスタイルを発表。

サンローラン本人に「私はいつも、ドヌーヴをイメージしてデザインしている」と言わしめるほど、60年代後半まではカトリーヌ・ドヌーヴがマスコット的存在として位置していた。

卓越した技術と多大なる存在感で多くのデザイナーに影響を与え、敬意を込めて「モードの帝王」と称される。自他共に認めるゲイ。

イヴ・サンローラン社がグッチ(GUCCI)社に買収されたのを受け、2001 S/S よりイヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュのデザイナーにトム・フォードが就任。

2002年1月22日に行われた、パリ オートクチュール・コレクションを最後に、「モードの帝王」、イヴ・サンローランは惜しまれつつも引退した。

そして、高度に神格化された影響か、オートクチュール部門は閉鎖し、以後はイヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュのみの展開となった。
  
2007年12月6日、イヴ・サンローランがフランス大統領府(当時サルコジ大統領)よりレジョン・ドノール勲章を授与される。

HERMES
   
HERMES
 
 1837年、ティエリ・エルメスがパリのランパール通りに高級馬具の製造工房を開業。後にナポレオンIII世帝室御用達を授与される。

  1879年、2代目のエミール・シャルル・エルメスがブティックを現在のフォーブル・サントノーレ24番地に移転。以来、当地は世界の憧れとなる。現在でもパリでのコレクションの発表は主にここで行われる。

この頃、第2回パリ万博の馬具部門でグランプリを受賞。1892年、「オータクロア」を発売。後に女優のジェーン・バーキンのリクエストを加え、縦横比を変えて誕生したのが「バーキン」である。

3代目エミール・モーリス・エルメスはヨーロッパの王侯貴族を顧客に獲得したあと、サンクト・ペテルブルグまで出向いてロシア皇帝への馬具の売り込みに成功。世界を相手にする馬具商としての地位を確立。

アメリカでフォードが車の大量生産を始めると、自動車時代の到来を予見し、1923年、馬具以外に婦人バッグや財布、革小物の製造・販売を開始し転換期を迎える。

  1935年、「サック・ア・ロア」という、「オータクロア」のハンドバッグタイプを発表。
グレース・ケリーが妊娠を隠すために、当のバッグでお腹を抑えた写真が撮影され、以来、「ケリーバッグ」と呼ばれるようになったことはあまりにも有名。

1937年、第一号のスカーフを発表、45年より「四輪馬車と従者」の商標が使われ出す。その後、「ミニケリー」、「ミニミニケリー」等、底辺が28cm、32cm、35cm、40cm、と全4種類のケリーが作られることとなる。

その他、時計やアクセサリー、香水等にも進出。特にマクロ社によるプリントのスカーフとケリー等のバックにより、エルメスの不動の地位を築き上げる。

2004-2005 A/W からジャン・ポール・ゴルチエ(Jean-Paul GAULTIER)がレディースプレタポルテのデザインを担当している。

ジャン・ポール・ゴルチエは52年4月24日、フランスのパリに生まれる。
若作りで白髪5輪刈りの物静かそうな、ピアスの多い優男風の、でも実は大きな体に野太い声のユーモラスな白人男性。

エルメスは高い品質とそれを支える高度な技術と職人気質をもとに、160年を超える伝統を誇る、押しも押されぬ老舗超一流プランドである。

エミリオプッチ(EMILIO PUCCI)
   
エミリオプッチ(EMILIO PUCCI)
 
 フィレンツェの公爵家に生まれたエミリオ・プッチによって1940年代に創業。
デザイナーのエミリオ・プッチはイタリア・ナポリ生まれ(1914-1992)。

高校時代オリンピックのスキーチームの選手だったプッチは、自分でデザインした
スキーパンツが雑誌「ハーパース・バザー」に掲載され、人気を博す。

ちなみに「プッチ柄」とは、大胆でポップな多色使い、植物などをモチーフとした
流れるような柄、あるいは直線的な幾何学的プリント柄のこと。

1960年代にはマリリン・モンロー、エリザベス・テーラー、ジャクリーヌ・ケネディらによって米国でブレイクした。

美しいスポーツテーストに、独独の柄、確かに素晴らしいブランドだけど、着る人を選ぶ
ブランドだと思います。スカーフやバッグなどの小物は可愛いので、トータルでコーディネートするよりも、アイテムをうまく使って楽しむのがいいような気がします。

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